2016年05月06日

本屋さんすみません。そこは発想する場所になってしまいました

街の書店は本を買うお店ですから、本を買わない人はお客ではないと思います。すみません。私は滅多にお客になれなくて・・・。私が書店に行く目的は「何か面白い発想浮かばないかな」と連想しに行くことばかりで、本を買わないばかりか、手に取ることもあまり無いんです。

書店に入ったら・・・
ひたすら本のタイトルを眺めて歩いています。
一目見て何も感じなければ素通り、たぶん書店に入ってから5分以内に「なんだこりゃ?」と感じるタイトルに出会うことがあります。

気になるタイトルの本を発見したら・・・
そのタイトルに連想して頭に飛び込んでくることをメモします。
「このタイトルの本なら、きっとこんな話が書いてあるに違いない」そう連想できたらその日の目的は達成です。それだけで書店から外に出てしまいます。

外に出たら、さっきのメモを取り出して、こんなストーリーが書けそうだ!と話の流れをもう少し具体的に、あとで帰宅してからパソコンを前にじっくり眺めたら記事が書けそうな程度までメモを補強します。

あとは家で。パソコンの前に座り、メモを取り出して記事を書き始め、最後に記事に見合う別のタイトルに付けなおして記事が完成する・・・ということです。

私は書店でいつもこんなことをしているわけではありません。でも書店に入店する半分ぐらいはそうしているでしょう。特に今日は頭がスッキリしていると感じる日は狙い目です。反対にボンヤリしていたら何も連想できません。入店して5分程度経過しても何も連想が湧くタイトルが見つからなかったら、もうそこに居ても無駄です。読みたい本さえ見つかりません。

そういうことなので、街の書店は私にとって重要な場所なのです。

私の場合、本が並んでいればどこでもいいわけではありません。
図書館はなぜか連想が湧きません。理由は分かりませんが図書館の本は最新ではないので、気持ちの奥底に最新でないものに対する意識の低いことが私の深層にあるのかもしれないです。
ネットのブックショップも連想できません。
これは図書館よりもっと理由が分かりません。ごく稀に早朝の起きたて時間帯にネット書籍のタイトルを見て閃くことはあります。きっと書店の場合は街まで歩いて行く間に気分転換ができて自由な気分になっているからなのでしょうか。

書店に5分以上居続けて何も閃く本が見つからないと「今日は何も獲物が無い・・・」などと焦る気分が自由な気分を害するので連想できないようになるのだとも思います。
タグ:連想と発想

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posted by 大庭夏男 at 11:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 出版ビジネス | 更新情報をチェックする
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